2022年 02月 10日
万葉集 現代語訳 巻二十4511・4512・4513
※「山斎」泉水のある庭園。林泉。
4511 鴛鴦(おし)の住む君がこの山斎(しま)今日見ればあしびの花も咲きにけるかも
※「鴛鴦」オシドリ。北日本で繁殖し、主に西日本で越冬する。
※「あしび」あせび。ツツジ科の常緑低木。花期は早春から晩春。長さ5ミリメートルほどの白い壺状の花を多数咲かせる。
※「咲きにけるかも」〈に〉完了。〈ける〉すでにそうなっている事実に、今ようやく気づいたという感動。〈かも〉詠嘆。
オシドリが来て棲みついている
あなたの家のこの庭に
今日来て見るとなんとアシビの
花まで咲いておりました
原注
この一首は、大監物(だいけんもつ)御方王(みかたのおおきみ)。
※「大監物」大蔵省・内蔵寮の出納を監察する内務省の役人。
※「御方王」4488〈三形王〉と同じ。
4512 池水(いけみず)に影さへ見えて咲きにほふあしびの花を袖に扱入(こき)れな
※「見えて」〈見ゆ〉(ここでは)見せる。
※「扱入れな」〈こきる〉は〈こきいる〉の約。しごいて取る。〈な〉意志・希望・勧誘。
池の水面(みなも)に影まで映し
とてもみごとに咲いている
アシビの花を袖いっぱいに
しごいて取って入れたいなあ
原注
この一首は、右中弁大伴宿祢家持。
4513 磯影(いそかげ)の見ゆる池水(いけみず)照るまでに咲けるあしびの散らまく惜しも
※「磯」庭の池の岸辺に石を寄せて磯に見立てたもの。
※「散らまく」ク語法。〈散らむ〉の名詞化。
岸辺の影が映って見える
池の水面(みなも)も照るほどに
みごとに咲いたアシビの花が
散るのは惜しいことだなあ
原注
この一首は、大蔵大輔(おおくらのだいふ)甘南備伊香真人(かむなびのいかごまひと)。
2022年 02月 05日
万葉集 現代語訳 巻二十4506・4507・4508・4509・4510
興を起こしてそれぞれ高円(たかまと)の離宮の跡を思って作った歌五首
※「高円の離宮」二年前に崩御した聖武天皇の離宮。〈高円〉奈良市東南にある山とその西麓の地をいう。
4506 高円の野の上(うえ)の宮は荒れにけり立たしし君の御代(みよ)遠(とお)そけば
※「上」あたり。ほとり。
※「荒れにけり」〈に〉完了。〈けり〉詠嘆。
※「立たしし君」〈立たす〉は〈立つ〉の尊敬語。〈し〉過去・連体形。〈君〉聖武天皇をさす。
※「遠そけば」〈遠そく〉遠く離れる。〈ば〉接続助詞・確定条件。
高円の野のほとりの宮は
荒れてしまったことだなあ
そこに立っておられた君の
治世が遠くなったので
原注
この一首は、右中弁大伴宿祢家持。
4507 高円の峰(お)の上(うえ)の宮は荒れぬとも立たしし君の御名(みな)忘れめや
※「荒れぬとも」〈ぬ〉完了・終止形。〈とも〉接続助詞・逆接の仮定条件。たとえ~としても。
※「忘れめや」反語表現。
高円山のほとりの宮は
たとえ荒れてしまっても
立っておられた帝の御名を
決して忘れはいたしません
原注
この一首は、治部少輔(じぶのしょうふ)大原今城真人(おおはらのいまきまひと)。
4508 高円の野辺(のへ)延(は)ふ葛(くず)の末(すえ)つひに千代(ちよ)に忘れむ我(わ)が大君(おおきみ)かも
※「高円の野辺延ふ葛の」〈末〉を導く序詞。
※「つひに」(下に打消や反語を伴って)最後の最後まで。
※「忘れむ」〈む〉婉曲。
※「かも」反語。
高円の野にはびこる葛が
先まで途切れないように
千年のちまで忘れるような
わが大君ではありません
原注
この一首は、主人中臣清麻呂朝臣(なかとみのきよまろあそみ)。
4509 延(は)ふ葛(くず)の絶えず偲(しの)はむ大君の見(め)しし野辺(のへ)には標(しめ)結(ゆ)ふべしも
※枕詞:延ふ葛の
※「見しし」ご覧になった。
※「標結ふべしも」〈標結ふ〉領有や立ち入り禁止を表すために、しめ縄を張る。〈べし〉強い意志。〈も〉詠嘆。
変わらずお慕いし続けましょう
帝がご覧になっていた
野辺にはしめ縄張りめぐらせて
きっとお守りいたしましょう
原注
この一首は、右中弁大伴宿祢家持。
4510 大君の継(つ)ぎて見(め)すらし高円の野辺見るごとに音(ね)のみし泣かゆ
※「継ぎて見すらし」〈継ぐ〉続ける。〈見す〉ご覧になる。〈らし〉確かな根拠にもとづく推定。違いない。
※「泣かゆ」〈ゆ〉自発。
陛下が今もご覧になって
おいでに違いありません
この高円の野辺を見るたび
声上げ泣けてくるのです
原注
この一首は、大蔵大輔(おおくらのだいふ)甘南備伊香真人(かむなびのいかごまひと)。
2022年 01月 27日
万葉集 現代語訳 巻二十4504・4505
4504 愛(うるわ)しと我(あ)が思(も)ふ君はいや日異(ひけ)に来ませ我(わ)が背子(せこ)絶(た)ゆる日なしに
※「愛し」立派だ。みごとだ。
※「いや日異に」日増しに。日ごとに。〈異に〉とくに。いっそうまさって。
立派な方と私が慕う
あなたはもっと繰り返し
おいで下さい 親愛なる君
途絶えることのないように
原注
この一首は、主人中臣清麻呂朝臣(なかとみのきよまろあそみ)。
4505 磯の裏に常(つね)呼び来住む鴛鴦(おしどり)の惜しき我(あ)が身は君がまにまに
※「磯の裏に~鴛鴦の」〈惜しき〉を導く序詞。
※「常呼び来住む」原文は〈都祢欲比伎須牟〉。ほかに、〈常よ引き住む〉〈常夜日来住む〉などの訓みが行われている。
※「惜しき我が身」〈惜し〉思い切って捨てがたく思う。藤原仲麻呂との政争に対する身の処し方についての表現とする解釈がある。
磯の裏手に呼び合いながら
毎年飛んで来て過ごす
オシドリならぬ惜しいわが身は
あなたのお心次第です
原注
この一首は、治部少輔(じぶのしょうふ)大原今城真人(おおはらのいまきまひと)。
2022年 01月 21日
万葉集 現代語訳 巻二十4502・4503
4502 梅の花咲き散る春の長き日を見れども飽(あ)かぬ磯にもあるかも
※「咲き散る」咲いた花が散る。
※「長き日を」〈を〉経過する時間。
※「磯」庭の池の岸辺に石を寄せて磯に見立てたもの。ここでは、4498〈磯松〉・4501〈常磐なる松〉の生えている磯。
梅の花が散り落ちて行く
春の長い日の日中(ひなか)
ずっと見ていて見飽きないのは
お庭の磯でございます
原注
この一首は、大蔵大輔(おおくらのだいふ)甘南備伊香真人(かむなびのいかごまひと)。
4503 君が家(いえ)の池の白波(しらなみ)磯(いそ)に寄せしばしば見とも飽(あ)かむ君かも
※「君が家の~磯に寄せ」〈しばしば〉を導く序詞。
※「見とも」〈とも〉逆接仮定条件。
※「飽かむ君かも」〈む〉婉曲。〈かも〉反語。
お庭の池の波が磯辺に
何度も寄せて来るように
たとえ何度もお逢いしようと
飽きる君ではありません
原注
この一首は、右中弁大伴宿祢家持。
2022年 01月 19日
万葉集 現代語訳 巻二十4500・4501
4500 梅の花香(か)をかぐはしみ遠けども心もしのに君をしそ思(おも)ふ
※「香をかぐはしみ」香りがかぐわしいので。主人の人柄の暗喩となっている。
※「遠けども」〈遠け〉は〈遠し〉の已然形。〈ども〉逆接。
※「しのに」うちなびいて。さからわずになびいている様子をいう。
梅の花の高い香りに
お人柄の気高さに
離れていても一途な心で
あなたをお慕いいたします
原注
この一首は、治部大輔(じぶのだいふ)市原王(いちはらのおおきみ)。
4501 八十種(やちくさ)の花は移(うつ)ろふ常磐(ときわ)なる松のさ枝(えだ)を我(われ)は結ばな
※「八十種」多くの種類。
※「移ろふ」色があせる。衰える。花が散る。
※「さ枝」〈さ〉接頭語。
※「結ばな」〈な〉勧誘・願望。松の枝を結ぶことは幸福や安全を願う呪術的行為。
あらゆる花は色あせてゆく
私たちは永遠の
願いを込めて 緑絶やさぬ
松の枝を結びましょう
原注
この一首は、右中弁大伴宿祢家持。