2021年 07月 21日
万葉集 現代語訳 巻二十4367・4368・4369・4370
4367 我(あ)が面(もて)の忘れもしだは筑波嶺(つくはね)を振(ふ)り放(さ)け見つつ妹(いも)は偲(しぬ)はね
※「もて」〈おもて〉の転。顔面。
※「忘れもしだは」〈忘れも〉は〈忘れむ〉の転。〈しだ〉とき。ころ。
※「筑波嶺」茨城県西部の山。筑波山。
※「振り放け見る」はるかに遠くを仰ぎ見る。
※「偲はね」〈偲ふ〉思い慕う。〈ね〉願望。てほしい。
私の顔を忘れそうに
なったときには筑波嶺を
はるかに仰いで私のことを
思い出してくれ 妻よ
原注
この一首は、茨城郡(うばらきのこおり)の占部小竜(うらべのおたつ)。
※「茨城郡」茨城県の中央部にあたる。常陸の国の国府があった。
4368 久慈川(くじがわ)は幸(さけ)くあり待て潮船(しおぶね)にま楫(かじ)しじ貫(ぬ)き我(わ)は帰り来(こ)む
※「久慈川」福島県に発して茨城県北部を南流し、鹿島灘に注ぐ川。
※「幸く」変わりなく。
※「あり待つ」いつまでも変わらないで待っている。待ち続ける。
※「潮船」潮路をこぎわたる船。
※「ま楫しじ貫く」船に楫をたくさんとりつける。〈楫〉櫂や櫓など船を漕ぐ道具の総称。
変わらぬ姿で待っていてくれ
わが久慈川よ 潮船に
櫂をたくさんつけて急いで
帰って来るよ わたくしは
原注
この一首は、久慈郡(くじのこおり)の丸子部佐壮(まろこべのすけお)。
※「久慈郡」茨城県北部の、常陸太田市、大子町とその周辺の地域。
4369 筑波嶺(つくはね)のさ百合(ゆる)の花の夜床(ゆとこ)にもかなしけ妹そ昼もかなしけ
※「筑波嶺のさ百合の花の」〈夜床〉を導く序詞。
※「筑波嶺」茨城県西部の山。筑波山。
※「さゆる」〈さゆり〉の転。〈さ〉接頭語。
※「ゆとこ」〈よどこ・よとこ〉の転。
※「かなしけ」〈かなしき〉の転。かわいい。いとしい。恋しい。
筑波の峰に咲く百合の花
夜の床でもいとしくて
遠く昼間に思い出しても
いとしくなってくる妻よ
4370 あられ降り鹿島(かしま)の神を祈りつつ皇御軍士(すめらみくさ)に我(われ)は来にしを
※枕詞:あられ降り
※「鹿島の神」茨城県鹿嶋市にある鹿島神宮。武神・軍神とされるタケミカヅチを祀る。関東地方の防人たちが旅の安全を祈った。
※「皇御軍士」天皇の軍隊の尊称。
※「来にしを」〈に〉完了。〈し〉過去。〈を〉逆接。4369の歌を倒置法の形で受ける。
武勇の神と広く知られた
鹿島の神に祈りつつ
天皇陛下の軍に私は
参加するため来たけれど
原注
この二首は、那賀郡(なかのこおり)の上丁大舎人部千文(おおとねりべのちふみ)。
※「那賀郡」茨城県東海村、那珂市、ひたちなか市、常陸大宮市、水戸市にまたがる地域。
※「上丁」一般兵士をさすといわれている。