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万葉集 現代語訳 巻一雑歌16・17・18・19・20・21

近江大津宮で世を治めた天智天皇の時代(668~672年)
天皇が内大臣藤原鎌足に、「春の山に咲き乱れる花々の美しさと、秋の山を彩る木々の葉の美しさと、どちらの方に深い趣があるか」とお尋ねになったときに、額田王が歌で判定した歌
16 冬ごもり 春さり来れば 鳴かざりし 鳥も来鳴きぬ 咲かざりし 花も咲けれど 山をしみ 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉(もみじ)をば 取りてそしのふ 青きをば 置きてそ嘆く そこし恨めし 秋山そ我(あれ)は
 ※枕詞:冬ごもり
 ※「春さり来れば」〈さる〉来る。近づく。
 ※「山を茂み」山が茂っているので。原文の〈茂〉の訓みは〈しみ〉とするものが多い。よく茂って、おびただしくなどを意味する副詞〈しみに〉〈しみみに〉と同類、または〈しむ〉という動詞をミ語法的に用いたものと考えているようだ。一方、講談社文庫(中西進)では〈もみ〉と訓んでいる。草木がよくしげっているという意味の形容詞〈もし〉のミ語法で、185の歌に〈石(いは)つつじもく咲く道を〉という用例がある。
 ※「しのふ」賞美する。
 ※「置く」そのままにしておく。

  鳴かなかった鳥たちも
  春になれば来て鳴くし
  咲かなかった花も咲く
  けれども山は生い茂り
  入って捕獲できないし
  草深いから分け入って
  摘んで眺めることもない

  秋の山では木の葉見て
  赤や黄色に色づいた
  葉を手にとって楽しむし
  木々の葉がまだ青ければ
  取らず嘆いて行き過ぎる
  一喜一憂できるから
  私は秋の山がよい


額田王が近江の国に下るときに作った歌、井戸王(いどのおおきみ)がすぐに唱和した歌
17 味酒(うまさけ) 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山のまに い隠るまで 道の隈 い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放(さ)けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや
 ※枕詞:味酒、あをによし
 ※「隈」曲がり角。
 ※「つばら」思い残すことがない。十分だ。
 ※「見放く」遠くを見やる。
 ※「心なし」非情である。
 ※「隠さふべしや」〈ふ〉動作の継続。〈べし〉適当。〈や〉反語。

  三輪の山は奈良の山の
  むこうに隠れてしまうまで
  曲がり角を何度も曲がって
  遠く離れてしまうまで
  思いが残ることのないよう
  見ながら行こうと思うのに
  何度も何度も遠くはるかに
  眺めておきたい山なのに
  雲がこんなに容赦もなしに
  隠し続けてよいものか


反歌
18 三輪山を然(しか)も隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや
 ※「心あらなも」〈心あり〉思いやりがある。他に対してあたたかい気持ちをもつ。〈なも〉願望。

  三輪山をなぜそうも隠すか
  雲よ せめておまえだけでも
  優しい心でいてほしい
  隠しつづけてよいものか


19 綜麻(へそ)かたの林の前(さき)のさ野榛(はり)の衣(きぬ)に付くなす目につくわが背
 ※「綜麻かたの林」三輪山に関わる地名か。〈綜麻〉は紡いだ麻を巻いたもの。
 ※「さ野榛」野の榛。〈榛〉はカバノキ科の樹木〈ハンノキ〉の古名。
 ※「なす」ように。

  綜麻形林(へそかたばやし)の端の野原に
  生えるハンノキ服につき
  消えないように あなたの姿
  目にちらついて消えません


天皇が蒲生野(かもうの)で狩をなさったときに、額田王が作った歌
 ※「蒲生野」滋賀県近江八幡市、八日市市、蒲生郡安土町あたりに広がる平野。
20 あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る
 ※枕詞:あかねさす
 ※「紫野」ムラサキを栽培する野。ムラサキは根から紫色の染料をとる。
 ※「標野」一般の立ち入りを禁じた野。ここでは御料地。
 ※「野守」禁猟となっている野を守る番人。

  ムラサキグサの花咲く野辺を
  その御料地を行き来して
  野の番人は見ないでしょうか
  あなたが袖を振るようす

皇太子がお返しになった歌
 ※「皇太子」大海人皇子。後の天武天皇。
21 紫のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも
 ※「にほへる」美しく照り映えている。
 ※「ゆゑに」なのに。
 ※「やも」反語。

  ムラサキグサのように輝く
  あなたを憎く思うなら
  あなたはすでに人妻なのに
  恋い焦がれたりするものか



by sanukiyaichizo | 2017-04-13 00:00 | 万葉集巻一 | Trackback | Comments(0)