とはずがたり 現代語訳 巻五26

26後総草院の一周忌
 七月の初めには都へ帰った。御所さまの命日になったので、深草のお墓にお参りして伏見殿の御所へうかがうと、ご仏事が始まっていた。
 石泉院(しゃくせんいん)の僧正が導師で、伏見院ご施主の仏事がある。御所さま筆跡の料紙を裏返して伏見院みずから写経なさったとお聞きすると、私と同じ気持ちでいらっしゃるのかと、おそれ多いことをお思い申し上げて、とても悲しくなる。
 次に遊義門院のお布施で、憲基法印の弟を導師として、これも御所さま筆跡の紙背にお書きになったお経とお聞きしたことが、さまざまな仏事の中で耳に残った。
 今日で喪が明けるのだと思うと、あれほど暑かった日差しもさほど苦しくない気がして、がらんとした庭に残っていたが、仏事が終わると次々と帰って行く人で混雑するので、だれにも打ち明けられない悲しみを、

  いつまでも乾くことのない
  私の袂でございます
  人は涙も今日の日を
  最後となさるそうですが
  (いつとなく乾く間もなき袂かな涙も今日を果てとこそ聞け)

と詠んだ。
 持明院(伏見院)とその皇子の後伏見院が聴聞所においでになる。そのお姿が御簾に透けて見えた。伏見院は喪服のお直衣がとりわけ黒く見えるのも今日が最後かと、悲しく思われた。また、(遊義門院の夫である)後宇多院がおいでになって同じご聴聞所にお入りになるのを拝見したが、御所さまの亡き後までお子さま方が久しくお栄えになるご様子は、すばらしいことだと思った。


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by sanukiyaichizo | 2017-03-21 13:58 | とはずがたり巻五 | Comments(0)