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和泉式部日記現代語訳17~19愛の日々①

17物忌み
 そうこうするうちに、またもや素行のよくない男たちが手紙をよこしたり、みずからやってきてうろついて悪いうわさを立てたりするので、いっそ宮のお邸へ上がろうかしらと思うのだが、やはり奥さまや世間に気がねして、はっきり決意することができない。
 霜がたいそう白く降りた早朝、女は、

  大きな鳥の羽に、ねえ、霜が降りたよ。          おほとりの羽に やれな 霜降れり
  なんだって、だれがそんなことを言ったの。              やれな たれかさ言ふ
  チドリが言ったよ。                             千鳥ぞさ言ふ
  カヤクグリも言ったよ。                      鷃〈かやぐき〉ぞさいふ
  アオサギが都から来て言ったよ。            蒼〈みと〉さぎそ 京よりきてさ言ふ

という俗謡を踏まえ、
  
  あなた恋しく夜を明かし                            わがうへは
  袖に霜が降りたよと                            ちどりもつげじ
  おしゃべり千鳥も告げるまい                          おほとりの
  私のために大鳥も                             はねにもしもは
  夜通し起きていたかしら                          さやはおきける

と詠んで、さし上げた。宮は、

  月も見ないで寝ていたと                             月も見で
  おっしゃる人の上になど                          ねにきといひし
  霜はおいたりしないでしょう                          人のうへに
  あなたを思って夜を明かす                         おきしもせじを
  大鳥にだけ霜はおく                            おほとりのごと

とお詠みになって、そのまま夕暮れにおいでになった。

 宮は、
「今ごろ、山の紅葉はどんなに美しいでしょう。さあ、見に出かけましょう」
とおっしゃるので、女は、
「とても素敵なお話です」
と申し上げたが、その日になって、
「今日は物忌みですので」
と申し上げて出かけなかった。宮は、
「まったく残念です。この物忌みが終わったら、必ず行きましょう」
とお手紙を下さった。その夜の時雨はいつもより激しく、木々の葉を残りなく落としてしまいそうに聞こえるので、女は目を覚まして「風の前の木々の葉は」とひとりごとを言って、「もう散ってしまったのでしょうね。昨日見ておかなかったから」と残念に思って夜を明かした。翌朝宮から、

  十月に降るありふれた                               神無月
  時雨と思ってこの雨を                           よにふりにたる
  眺めておられることでしょう                           時雨とや
  もみじを見ればよかったと                         けふのながめは
  悔やむ涙と思わずに                            わかずふるらん

  そのようにお思いなら、残念です。

と、お手紙があった。女は、

  私の袂が濡れたのは                               時雨かも
  果たして時雨のせいかしら                         なににぬれたる
  それとも何に濡れたのか                            たもとぞと
  決めることができなくて                          さだめかねてぞ
  私も悩んでおりました                            我もながむる

と詠み、

  本当に残念です。

  夜なかに時雨が降ったので                           もみぢばは
  もみじは残っていないでしょう                        夜半の時雨に
  きのうのうちに山へ行き                            あらじかし
  きれいなもみじを見ておけば                         きのふ山べを
  よかったのにと悔やまれます                        見たらましかば

と詠んでさし上げたのをご覧になると、宮は、

  そうですまったくその通り                           そよやそよ
  どうして山の紅葉を                             などて山べを
  見に行かないでいたのでしょう                         みざりけん
  今朝になって悔やんでも                          けさはくゆれど
  なんの甲斐もありません                          なにのかひなし

と書いて、余白に、

  たぶんないとは思うけど                            あらじとは
  もしかしたら紅い葉が                            思ふものから
  残っているかも知れません                           もみぢばの
  行かずに悔いを残すより                          ちりやのこれる
  確かめに行ってみませんか                         いざ行きてみん

とお詠みになった。女は、

  色の変わらぬ常緑の                              うつろはぬ
  木々が茂る山へ行き                             ときはの山も
  紅葉するのを見ることが                             紅葉せば
  できるものならさあ行って                         いさかしゆきて
  尋ねあるいてみましょうか                         とふとふもみん

  それも愚かなことでございましょうね。

 このあいだ宮がおいでになったときに、
「さしつかえがあってお相手することができないのです」
と申し上げたのに、思い出していただけないとは。
 そこで

  高瀬舟を漕ぎ出して                               たかせ舟
  早く訪ねて来てほしい                           はやこぎいでよ
  水路を塞ぐ蘆のため                              さはること
  あなたをお帰ししましたが                         さしかえりにし
  すっかり片付きましたので                         あしまわけたり

と申し上げると、宮はほんとうに月のさわりのことをお忘れになってしまわれたのか、

  山でもみじを見るならば                            やまべにも
  車に乗って行きましょう                          くるまにのりて
  高瀬の川に浮かぶ舟                              行くべきに
  どうしてあなたのお近くに                          たかせの舟は
  寄せることなどできましょう                        いかがよすべき

とお詠みになった。女は、

  あなたの愛が永遠で                              もみぢ葉の
  もみじのようにはかなくは                         みにくるまでも
  ないと思えるものならば                            ちらざらば
  舟にておいで下さいと                            たかせの舟の
  焦がれることもないものを                         なにかこがれん

とお返事した。宮は、その日も夕暮れになるとおいでになったが、女の家の方角が方塞がりになっているので、お泊りになることができず、こっそり女をお連れ出しになった。


18旅寝
 このごろ、宮は四十五日間の方違えをなさるということで、いとこでいらっしゃる三位の家においでになっている。人目を忍ぶ外出であるうえ、いつもと違うところでもあるので、女は、
「みっともないからいやです」
と申し上げるのだが、宮は無理にお連れになって、女を乗せたまま車を人気のない車庫の建物に引き込んで、ご自分は邸にお入りになってしまった。女が恐ろしく思いながら待っていると、宮は人々が寝静まってからお戻りになって、車にお乗りになり、いろいろなことをおっしゃって下さって、契りをなさった。
 外では邸を警備する男たちが歩き回っているが、中の様子に気づかない。いつものように右近の尉と例の少年だけが近くに控えている。宮は、今夜の女をいとしくお思いになるあまり、いままで冷たくしてきたことまで後悔なさるというのも、身勝手なものだ。
 夜が明けるとそのまま女の家に連れてお戻りになり、人が起きて来ないうちに急いでお帰りになって朝早く歌を詠まれた。

  添寝して見た夢のあと                             ねぬる夜の
  ひとり寝をして見る夢は                           ねざめの夢に
  いっそうはかないものだから                          ならひてぞ
  伏見の里と言いながら                           ふしみのさとを
  今朝は臥さずに起きていた                         けさはおきける

 そのお返事に、

  初めてお逢いした夜から                            そのよより
  わが身の上がどうなるか                           我身のうへは
  わからないまま知らぬまま                           しられねば
  思いがけない旅に出て                           すずろにあらぬ
  妙なところで添寝する                           たびねをぞする

と申し上げた。
「こんなに大切に思って下さる宮のありがたいお気持ちに気づかないふりをして、強情にお断りしつづけることはできない。それにくらべれば他のことはたいしたことではない」などと思うので、もう宮のお邸に上がってしまおうと決心する。現実的なことを言って忠告してくれる人々もいるけれど、聞こうとは思わない。
「どうせ私などは思うように生きられないのだ。自身の運命に従って生きようと思うなら、宮のお邸へ上がることは本意ではない。ほんとうは出家して山の岩穴の中で暮らしたいのだけれど、それでひどい目に遭ったらどうしようもない。分別のない行動だと皆が思い、非難するだろう。やはりこのまま出家しないでいよう。それより近くにいて親や妹のようすを見てさし上げ、昔連れ添った人の幼な子の将来も見届けよう」と決めたので、「くだらないことだけど、せめてお邸に上がるまでは、なんとか悪い噂が宮さまのお耳に入らないようにしたい。おそばでお仕えするようになれば、いくらなんでも疑いは晴れるだろう」と思って、言い寄ってくる男たちの手紙にも、「おりません」などと言わせてまったく返事をしない。
 ところが、そんなときに宮からお手紙があった。見ると、
「まさかと思ってあなたを信じた私が馬鹿でした」
などといろいろお書きになって、
「もう知りません」
とだけあるのを見て、胸がつぶれるほど驚き、あきれてしまった。これまでも、とんでもないような作り話がずいぶんたくさん出てきたが、「そんなことを言われても、身に覚えのないものはどうしようもない」と思ってそのままにしてきたのに、この手紙では宮がまるで本気みたいにおっしゃっているので、「私がお邸に上がろうと決心したことを、すでに耳にした人もいるだろうに。これではもの笑いの種になってしまいそうだ」と思うと悲しく、ご返事申し上げる気にもなれない。それに、どんな噂をお聞きになったのかと思うと恥ずかしくて、ご返事を申し上げないでいると、宮は、さきほどのお手紙のことを私が恥ずかしく思っているだろうとお思いになって、

  なぜご返事も下さらないのです。やはりほんとうだったと思うではありませんか。気の変わるのが
  ほんとに早いですね。噂する人がいたので、まさかとは思いながら、古歌に、

  人の噂が広まって                                 人言は
  まるで海辺で海人の刈る                          あまの刈る藻に
  海藻みたいに茂ろうと                             しげくとも
  ふたりに愛があるならば                           思はましかば
  いいではないか世間など                           よしや世の中

  とあるように、「ふたりに愛があるならば」と思って申し上げたのです。

とお手紙があったので、少しほっとして、宮のお気持ちもお聞きしたくてお返事をさし上げた。

  ほんとにそのように思っていらっしゃるのでしたら、

  すぐにこちらへ来てほしい                           いまのまに
  どれほどあなたが恋しくて                          君きまさなん
  どんなに逢いたく思っても                            恋しとて
  噂の種にされるから                            なもあるものを
  私は逢いに行けません                           われゆかんやは

と申し上げると、宮から、

  それでは噂の立つことを                             君はさは
  気にしていたというわけか                         名のたつことを
  ほかの人ならいいけれど                             思ひけり
  私の噂は困るのか                              人からかかる
  わかりましたよ、お気持ちが                        こころとぞ見る

  噂どころか腹が立ってきました。

とご返事が届いた。女は、「私がこんなに困っている様子をご覧になって、ふざけていらっしゃるのだろう」とは思うが、それでもやはりつらくて、

  そんなお言葉を頂戴するなんて、とてもつらいです。なんとかして私の心をお目にかけることがで
  きないものかと思います。

と申し上げると、宮から、

  疑ったり恨んだり                               うたがはじ
  しないでいようと思っても                         なほうらみじと
  いやな噂が聞こえると                             おもふとも
  心が負けて気になって                           こころにこころ
  つい言ってみたくなるのです                        かなはざりけり

とあったので、お返事をさし上げた。

  愛あるゆえに恨むなら                             うらむらむ
  恨み続けてほしいもの                             心はたゆな
  そのお気持ちが絶えたとき                           かぎりなく
  信頼すること限りない                            たのむ君をぞ
  あなたを疑うようになる                          われもうたがふ
                
と申し上げたりしているうちに日が暮れ、宮がおいでになった。
「まだ噂を立てる人がいるのです。だからまさかと思いながら、あのように申し上げたのです。こんなことを言われるのがお厭なら、さあ早く、私のところへおいで下さい」
などとおっしゃって、お帰りになった。


19方違え
 このようにお手紙だけは続いているが、おいでになることは難しい。雨まじりの風が激しく吹くような日にもお便りがないので、「人の少ない寂しい家に吹きつける風の音がどんなに心細いものか、わかっていただけないのだろうな」と思って、夕暮れのころにお手紙をさし上げる。

  霜枯れの日に吹く風の                             しもがれは
  なんとわびしいことでしょう                        わびしかりけり
  秋吹く風はさわさわと                               秋風の
  荻を揺らして音を立て                           ふくにはおぎの
  お便り届けてくれたのに                          おとづれもしき

と申し上げると、宮からご返事があった。そのお手紙を見ると、

  とても恐ろしいような風の音が聞こえます。これをどのように聞いていらっしゃるかと思うと、お
  気の毒で、

  草葉も霜に枯れ果てて                             かれはてて
  私のほかにだれひとり                            我よりほかに
  訪ねる人のない家で                               とふ人も
  嵐の音を聞きながら                            あらしのかぜを
  今ごろどんなお気持ちか                          いかがきくらん

  お便りをさし上げるより、こちらにいて心配しているだけでたまらない気がします。

とある。「まあ、よくもおっしゃるわね」と思うと、おかしくなってしまう。
 方違えの物忌みをなさるために、住居を移して人目を忍んだところにいらっしゃるということで、いつものようにお迎えの車が来た。今はもう宮のおっしゃる通りにしようと思うので、参上した。朝から晩まで心のどかにお話させていただくうちに、わびしい思いもまぎれ、宮のお邸に行ってしまいたいと思ったが、物忌みの期間が終わり、女も自分の家に帰って来ると、その日はいつもよりお別れが切なく思われ、宮のことが恋しく思い出されて、さし上げた。

  今日わびしさの慰めに                             つれづれと
  過ぎたとし月数えれば                           けふかぞふれば
  もの思いすることもなく                             とし月の
  のどかに過ごした一日は                          きのふぞものは
  昨日だけかと気がついた                          おもはざりける

 宮はそれをご覧になると女をいじらしく思いになり、
「私も同じ気持ちだよ」
とお書きになり、

  何の憂いもなく過ぎた                             おもふこと
  あのおとといと昨日との                          なくて過ぎにし
  幸せな日がなつかしい                             をととひと
  それが今日の現実に                             昨日とけふに
  なってくれるとうれしいね                         なるよしもがな

  けれど、どうにもなりません。やはり、こちらに来る決心をしてください。

とおっしゃるが、どうしても気がねしてしまい、はっきりとは決心がつかないで、ただぼんやりもの思いにふけって毎日を過ごしている。

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by sanukiyaichizo | 2016-04-30 09:07 | 和泉式部日記 | Trackback | Comments(0)